ひよこに何が起こったか?
 

無事手術は成功

この人バスタオルないの?誰かが聞いてる。看護師さんかな。
よいっしょ。ベッドからベッドに移される。
そのときに使うバスタオルがなかったのだ。
だって、救急車できてそのまま手術だったから何もあるはずないよ。

手術は終わったのか。そばに誰がいるのかわからない。
でもひでちゃんはきっとそばにいるよね。
手術してからは意識があるのか、ないのかわからない状態。
熱は高い。
誰かがいるのはわかるけど見えない。
目をつむるとストーリーが勝手に一人歩きする。
いやだいやだ、そんなの見るのはいや。 眠りたくない。
呼吸が苦しい。息できない。
酸素酸素って騒いだらしい・・・・。
叔母が「よりこ、よりこ」って時々かけてくれてるような気がした。
後から聞いたら、二晩もそばについててくれてたそうだ。
申し訳ないくらいありがたい。
叔母だって4月に大病したばかりの体なのに。
入院の用意をしてちょうど手術が終わったころにきてくれたそうだ。
ひでちゃん、救急車からずっとついてて、夜眠らないで手術のときもずっとついてたからきっと参ってたから叔母と交代してもらったんだなあと思った。

苦しいときってね、意識ないのかと思ったらちゃんとあるんだね。
だからとても苦しいのね。
両腕は点滴が6本。氷枕に脇、足の付け根首とあらゆるところを冷やしてる。
熱が39度から下がらない。
酸素で唇ががばがば。水分もぜんぜん取ってなかったらしい。 だから点滴で補ってるんだけど、昼も夜もわからない。
今はいったい何日なの?

術後から肺炎がひどくなり、呼吸ができないなったので酸素マスクと心電図が離せない状態になる。
2月2日に重篤の部屋に移動する。
肺のレントゲン写真が真っ白だったのだ。
抗生剤を追加してひでちゃんは書類に署名したみたいだった。

(以下31日の手術から2月6日は肺炎でとても大変だったので細かくは覚えていない。
元気になったときにまとめてメモしたので、酸素が吸えなくて酸素マスクは手放せないとか酸素量を変えたり、吸入かけたりしたのは細かく書いてない。
先生は毎日、足の付け根(ソケイ部)の動脈から採血する。動脈って先生しかやっちゃいけないんだって・・・・初めて知った。
レントゲンも胸とお腹を毎日撮ったけど、大きい機械がベッドまでやってきて寝たままでレントゲン取れるのだ。びっくりした。

私のからだは両腕には点滴が常に3、4本ずつ合計8本くらいがつながれていた。胸には心電図のために3本の線が出て、指は心電図のチェックのための器具でクリップみたいにはさまれた。ナースセンターのコンピュータに数値が飛ばされていたらしい。
鼻には胃に通じる管が通っていて、口には酸素マスク、そして下半身には尿の管もつながってる。
熱が39度からさがらないので氷枕、脇、足の付け根、首を氷で冷やしてる。
髪も顔もぐちゃぐちゃで、想像しただけで誰にも会いたくないと思った。
1週間で人相が変わるくらい大変な時期だった。)

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