沖縄回想(2004.12.11)
斎藤・小田中組(通称スチュアート組)のパートナー小田中秀さんの寄稿です。
ありがとうございました。

            
「今日のひよこ組の踊りはいいぞ。ひょっとして、残るかも・・」とスチュアート。
私もそう思った。1次予選、私なりに、1ヒートから3組ずつピックアップすると、ひ
よこ組が入っている。
ところが、よりこさん、「女ジャッジから1チェックしか、入ってないっ!3つ落と
した」という。
それならと、対面の女ジャッジの後ろから応援、
自分たちもそこから出ることにした。(どこから出てもOK!)
A級とシニア出場のひよこ組と、C・D級出場のスチュアート組は交互に出番となった。
踊り終わると、だまってても、汗が頭から、滴り落ちる。
エアコンなし、1曲が長い。

それでも、われわれ岩手勢は順調に勝ち進んでいった。
いよいよ決勝ラウンド。私は自分のことより、ひよこ組が気になった。
準決勝の結果を見て帰ってきた、スチュアートに、
「ほら見て見て!、ひよこ組が、決勝に備えて、係員から、説明うけてるー」「ほん
とだ、A級維持したー。すごいなあ」
私の話声は、もう既に涙声になっていた。喉の奥がきゅーんとなったが、
「こっちも残った」の知らせに、気を取り直した。
吉田組もD級決勝入りし、今年最後のコンペを みんなで力の限り踊ろうと思った。

A級決勝が始まった。ひよこのワルツの最初のナチュラルターンは、
今まで見たことがないくらい、いい出来映え。
これなら4位か、いいとこ3位くらいには入るだろうと思った。
ところがタンゴあたりから、よりこさんに異変が・・・。
いったいどうしたの?疲れたのかな?と思っていたが、
得意のはずのスローでも、ひでちゃんがよりこさんを抱えて踊ってる。
いったいどうしたんだろう。
クイックでは、つい、「いわてがんばれーっ」
ヴィニーズでは、「よりこさんがんばってーっ」
って、悲鳴のように叫んでいた。首がとんだ話は後で聞かされた。

さー、われわれの出番だ。力の限り踊って戻ってきたら、
汗とともに、涙がどっとあふれて、タオルの隙間から嗚咽が漏れた。
今年一年、元気に踊れたこと、ひよこ組がA級維持したこと、
そして、いつも私の右サイドで一緒に踊ってくれたスチュアートに
感謝の気持ちでいっぱいだった。
琉球ガラスカップが欲しいという気持ちは、もうどこかへ飛んでいた。
試合が終わって、よりこさんとおめでとう握手をしたその手は、たくましくなっていた。
思い出せば、3月の東京インターD級決勝入りした際、応援してくれたよりこさんと
の握手は、病気上がりで、すっかりか細くなってて、痛々しかった。
そんなことを思い出すと、よくここまで来れたなーというねぎらいも含めて、抱き
合って泣いた。

  

試合後のパーテイーは大いに盛り上がり、
ひでちゃんとスチュアートは舞台に上がって、沖縄風阿波踊りでみんなと一体化して
いた。
2次会は国際通りに繰り出し、「古酒屋」でひよこ組とダンス談義に花を咲かせ、
疲れも忘れて、沖縄の長い夜は続いたのでした。