奇跡の沖縄「よく踊ったなぁ・・・・」の巻(2004.12.11)

ひよこ組、今年の前半を私の病気のためにすっかり棒にふったので、
後期からの猛ダッシュで出続けて、なんとか財団級は1個あげただけど、
統一級までなかなか手がまわらないうちにA級戦がなくなってしまった・・・・。

11月14日のJDC名古屋で惨敗して
「終わったぜ・・・(^^ゞとうとうDSCJ統一級はB級に降級かい・・」と思ってたのだけど、
おおお、まだ最後の沖縄がありました!
しかし、いろいろ噂に聞いたところによると、スタンのグランプリクラスの
選手の方が多数出場なさるということで、わははははは・・・・あきらめて
「やっぱり沖縄は観光するところだよねーー楽しもうぜ!」などと、
開き直って出発したのだが、終わってみたら感無量の思い出深い大会になった。

実は出発前から事件は起こっていた。
以下出発前からのいろんな出来事。

もう連日11時ころまで仕事してたから、練習なんてとんでもなくて
普通の生活さえままならなかったのに、12月にはいったら
ひでちゃん、「レッスンしたい」って言い出した。
「えーーーーー!」
冗談でしょ・・・・体も心もそんな余裕ないよ・・・・。
でも彼の中では、まだあきらめたくなかったんだろうね。
急遽レッスンいれて新幹線の予約いれていくことにした。12月4日

やっぱり前日は11時まで仕事して寝るひまもなく東京へ。
レッスン後はえりさんと合流してアカデミーで練習して飲んだ。
4時間くらい飲んだらしい・・・・(←飲みすぎだっちゅの)
翌日の日曜日12/5は十条いって学連たちにまじって新幹線の
時間まで練習した。こんなぴりぴりした状態での練習は盛岡帰ったらできないもの。
軽くって言いながら何時間練習したんだろ。
新幹線の中ではすぐに意識は遠のき泥のように眠った。

しかしこのハードな生活は私の体を壊し始めてた。
12/6月曜日、腰の激痛。気のせいと思いたかった。
12/7火曜日、とうとう普通に歩けなくなった。腰が「くの字」のような感じで
腰が動かない。どうしよう・・・・・あんなにがんばったのに。
いつもいってるカイロに予約をいれた。予想以上に状態は悪かった。
いつもなら1回の治療で済むはずが、もう1回治療しなきゃ無理と
言われた。ショック・・・・。
いつもの火曜日のかわいホールでの練習はしないことにした。
とにかく体を休めようということになった。
でも仕事は忙しくて午後10時半まで残業してしまった・・・・。

悪いことは重なる。
火曜日の夜に歯磨きしてたら前歯のつめたものがぼろっと落ちた。
恐る恐る鏡を見た・・・・・・ひぇー。見るも無残な前歯になっていた。
食事ができない・・・・そして何よりも歯が気になってにっこりと笑えない。
こんな顔じゃ絶対踊りたくない。沖縄いきたくない。(泣)
12/8水曜日には忙しい合間を縫って仕事中に歯医者に飛んでいった。
木曜日は休診と聞き、ギリギリ最後の時間に無理に頼んで治療してもらう。
帰ってからまた10時まで残業。

12/9木曜日。夕方からカイロに治療にいく。
普通どおりには歩けるようになったので、今日はなんとかして練習したい。
西部公民館練習会の練習。
スチュ組は一足先に今日沖縄に出発してるからあまりメンバーがいない。
うわ・・・・踊ったら腰に激痛が走った。冷や汗が出る。
ひでちゃんには言えない。
でも、やっぱり動きでばれてしまったらしい(^^ゞ
「腰、痛いんでしょ?んじゃ、正しい姿勢でゆっくり大きく踊ろう」
それだけを注意して練習した。
ちゃんと沖縄で踊れますように。それだけを祈って練習した。
上手に踊ろうとかA級維持したいとかそういうことはもう頭にはない。
沖縄で今年最後の踊りを踊れたらそれでいいではないか。
そんな気持ちになっていた。

そういや東京の練習から帰る途中、スーツケースを壊してしまった。
キャリング部分が動かなくなっていた。(酷使してるもんなあ・・・・)
お店があいてるところ・・・・・そうだ。イオンがあるじゃない!
西部練習会の帰り、スーツケースを買いにいく。
家に戻ったら11時だった。
夕食したら準備しなきゃ・・・・こりゃマジに寝るヒマもない・・・・・。

12/10金曜日は朝6時に起きて7時には家を出る。なんか意識がぼおとする。
あんまり寝てないもんなあ・・・・新幹線でしっかり寝ていこう。
真冬の盛岡から、羽田経由して南国の沖縄へ。(温度差なんと20度以上)
自宅出発して、沖縄のホテルに到着したのは午後4時ころ。
なんと9時間もかかった。やはり東北からは海外並に遠いんだわ・・・・。
タクシーに乗ったら「ダイビングですか?」と聞かれた。
でっかい荷物と私の茶髪のせいかな。(^^)

午後4時にホテル到着したけど、スチュ組との待ち合わせの6時には
2時間あったので、有名な「国際どおり」にいってみた。
一番遠いところから歩きはじめて、奇跡の1マイルをぶらぶら。
「国際通りだー!」と雰囲気だけ味わう。
なんとなく、歩行者天国風を思ってたけど、車の往来が激しかった。
最後まで歩いてタクシーでホテルまで帰ったけど、1メータ450円。安いなあ。

  

コンペ会場は糸満市で、那覇市内から車で20分くらいのところ。
前日に会場を開放していたのでスチュ組と練習にいったのだ。
6時すぎに出発したのに、到着したのが7時半。
道路がめちゃ混み状態で、さすが車社会・・・・・を実感。

この日の沖縄での練習は腰は痛いながらも踊れるようになっていた。
当日もこのくらい普通に踊れたら満足だな・・・・・。
帰り際に受付に積んであったパンフレットのメンバーをちらちらと見たら
「うわ・・・・どうがんばっても無理だべ」
初めての沖縄だからいい思い出に楽しく踊ろうねって思った。

練習終わったら、もう9時半でホテル近くの居酒屋に行くことになった。
ゆいま〜る」(沖縄の言葉で助け合いという意味らしい)
これがけっこうなんでもあって、おいしくて安くてとてもよかったのだ。
宿泊してる「パシフィックホテル」から旭橋方向に歩いて10分くらい。
4人で相当飲み食いして10000円くらい。(安いねー)
最後は紫色のドラゴンフルーツと、サーターアンダギーをサービスで
出してくれた。(^^)
ホテルから紹介されたと言って、途中で電話をいれたのでそのおかげかな。

実はスチュ組、ホテルロビーで待ち合わせのときからすでに練習着。
おーやる気まんまんかーって感じでしたが、練習終わったら
お揃いのジャージ上下(←知る人ぞ知る・・・・・)に変身。
そしてそのジャージ姿で居酒屋へ・・・・・
いつもおしゃれなスチュ組小田中さんにしては不思議だなって思って聞いてみた。

出発時、スチュアートさんは普通の格好で小田中さんが来るのを待って
いたそうな。でもそこに現れたのは上下ジャージ姿の小田中さん。
え?とびっくりしたけど、片方がジャージよりも二人でジャージのほうがまだ
マシかと、すぐにおそろいジャージに着替えたそうな。
(抜群のチームワークですな)
「あら〜、このジャージで、北上から新幹線に乗って、東京でレッスンして
そのまま羽田から飛行機に乗って沖縄きたわよ」ですって。
ひぇーーーー。
想像したら、大爆笑でひっくりかえったのは言うまでもない。
スチュアート組、大好き!
空港ついたら言われたそうですよ、「那覇マラソンですか?」って。
・・・・・観光も、もちろんあのジャージで回ったそうです。(さすが!)


さて、コンペ当日。12/11
会場にはレンタカー使って10時ホテル出発。余裕で到着。
糸満市の西崎体育館。
ナビつきでけっこうわかりやすいのに前日は暗くて迷ってしまった。
サントピア沖縄に参加しているコンペなので、協賛が多いのか参加賞にびっくり。
琉球グラスが2個。(ホテルでみたら同じものが1個840円もしてた^^)
うちはブルーとグリーンが1個ずつ。
サントピアのTシャツがMとL。そして観光パンフと各観光名所の
割引チケット。(パンフ見せると記念品くれたり割引したり)
翌日の観光でめちゃくちゃ活用させてもらった。
会場では、選手には冷たい麦茶やコーヒーの無料サービス。お菓子に
サーターアンダギーまでついてきて感激〜。

今回のひよこのドレスは、出発3日前にギリギリに私のところに届いたドレス。
渡辺裕美さんが着て、Ayaちゃんが着たドレスだから縁起いいのだ。(^^)
色も沖縄にぴったり。気持ちうきうき。
女性はドレスだけで気持ち切り替えられるから不思議だね。
気温は27度。熱いぜーー。暑さとの戦いになりそう。
(ちなみに盛岡では小雪が舞っていたのだよ・・・・・)

控え室はスチュ組といっしょ。隣は和智さんと松本さん。
和智キリコさんにメイクの仕上げをしてもらう。
白のハイライトでほんのちょっと手を加えてもらっただけなのに、
私の顔が華やかになったような気がして、それだけで
うれしくなってわくわく。*^^* キリコさんありがとう。

しかしタイムテーブルはあけてびっくり玉手箱。
A級スタンからはじまって、その間にC級がはいっているだけで、次がシニアと続いて
予選から休む暇がない。(まあ、自分で申し込んだので自業自得か・・・)
そのせいだろうか、3年ぶりくらいに準決勝から首がとんだ。(泣)

A級の準決勝が終わってすぐにまたシニアの準決勝。
これは6組ずつのヒートシャッフルだったのでそれに助けられる。
普通の12組いっしょの準決勝ならそこで体力は終わってたかも・・。

シニア準決勝前には、汗で体が冷えたのかいきなりの腹痛。
福岡のときのあの悪夢がよみがえった。
「大丈夫絶対踊るから。大丈夫」ってタオルかぶってしゃがみこんでた。
ここで絶対あきらめてなるものか。
お腹痛くて首とんでシニアの準決勝はぐちゃぐちゃだったけど、
踊ってるうちに体が温まったせいか、お腹だけはなんとか治ってきた。
でも首はどうにもならなかったなあ。悔しいけどしょうがない。

なんとかシニア準決勝も踊って、次はいよいよA級決勝。
決勝はいったらこっちのもん!って思ってたけど、でも最後まで
踊らなきゃ順位はつかないのだよ。やばいっ。
回転系がはいったら、首がもうだめ。自分の意思では
どうにもできない状態になった。
タンゴではひでちゃんがホールドはずして私を抱きかかえて
最後の回転。ひぇーーー。
ただただ最後まで意地でも踊ってやるー!その思いだけ。
結局、振り返ったら2時間半で30曲踊ったのだ。
うーーこれじゃ首も飛ぶはずだわ・・・・・(^^ゞ  



踊り終わって小田中さんがおめでとうーって泣きながら抱きついて
くれたときもありがとーって言いながら私は放心状態だった。
うれしいのにいっぱいいっぱいで涙も出ない。
終わってから控え室で、両足がつるわ、首が痛いわ、太ももが
つるわで、大騒ぎしながらマッサージ。

出発前から心配してくれていた友人たちに「やったよ!」と報告のメールを
打っていたら
「ほんとうによかったなあ・・・」って今年の1月からのいろんなことを思いだして、
涙があとからあとからぼろぼろとこぼれて止まらなくなった。
コンペでこんなに泣いたのは何年ぶりなのかなあ。
小田中さんは、「もぅ、ひよこちゃんったら、今頃泣いてるなんて鈍感なんだからー」
って笑いながらまた泣いてた。
和智さんに見られちゃった。ちょっと恥ずかしかったな。(^^ゞ

後から結果みたら、
2予選から準決入りのときは9位だったらしい・・・・。
しかし首がふっとんだヴィニーズで挽回したのか。
決勝には1チェック差でギリギリはいったのだった。ひぇ・・・

それにしても何でいつもひよこは最後の最後に1チェック差の
綱渡りばかりなのか・・・・・
運が強いのか、実力ないのか(^^ゞ(←こっちだべ 爆)
なぜかダンスの神様はひよこには毎回試練を与えてくれる・・。
小田中さんが、「今日は踊りいいわよ!決勝いけるわ。あきらめ
ないでがんばるのよ」ってずっと励ましてくれて、半分あきらめかけた
気持ちを盛り上げてくれた。小田中さんほんとにありがとう。
※いっしょにいったスチュ@小田中さんの寄稿です。

ひよこが最後の力をふりしぼれるようにちゃんとそういう
人たちに守ってもらえるような運命だったのかな。(^^)
優勝者には、琉球グラスでできた赤の優勝カップが授与されるのだが。
スチュ組はD級とC級で赤カップを2個もゲット。
スチュ組はこれがほしくて出場したのだ。おめでとう!!



ダンスしてるから、こんな感動した人生が送れるのかな。
辛いことがあったから、その分感動も大きいのかな。
沖縄は、仲間の存在の大切さ、生きてる喜びと踊れる喜び、
たくさんの大事なことを感じた忘れられない大会になった。

ひでちゃんがずっとあきらめてなかったのは、あの決勝いりが決まったときの
笑顔みてわかった。
最後は首とんでも、動き続けること。これ以外ないとわかった。
止まったらだめなのだ。コンペでは止まったら絶対だめなのだ。
あきらめずに踊り続けてほんとによかった。
あの準決勝メンバーであの状態で勝てたのはいったいなんだったのだろう。
シニアでは絶対勝てない組に1チェック差で勝って決勝はいった。
やはり、神様がひよこにくれた今年のご褒美だったんだろうと思う。

「やった!決勝はいった!これでA級維持だ!」っていうひでちゃんの
うれしそうな顔したガッツポーズ。この顔は何年ぶりに見たかなあ。
あの笑顔が見たいから来年もまた二人でがんばって踊っていこうね。

コンペ終了後は2000円で飲み放題食べ放題の交流会。
たくさんの方たちとの出会いと再会。
沖縄の踊りや太鼓やジャズダンスまで舞台では繰り広げられ、最後は
みんな舞台にあがっていっしょに沖縄の阿波踊り?じゃない。(エイサーだっけ?)
盛り上がったなあ。
沖縄ってほんとに楽しくて最高でした!!
沖縄・九州地区のみなさんほんとうに素敵な大会をありがとう!


田中・平尾組のリーダー田中君  ダンスビュウカメラマン吉田さん  シニアラテン代表の吉田組と


明日香ちゃんがかわいいっ!   ラテン優勝のウルトラ!   ひょうきんスチュアート。


大分の藍澤組、福岡の田中・平尾組、岩手のスチュアート組 ひよこ組

※観光編はこちらです。

まとめた沖縄のアルバムはこちらです。